吉野屋は、その頃住んでいた場所の関係で渋谷から西銀座に掛けて飲み歩いていた時代にはどうかすると毎日行ったものだが、引っ越して牛込から西銀座に掛けて廻っている現在では、終点としては都合が悪いので、随分行かない。 しかしここの新橋茶漬けは今も覚えているし、そして前にも言った通り、今でも作っている。
 要するに、丼に御飯を入れた上に鮪(まぐろ)と海苔(のり)を載せて胡麻を散らし、醤油と山葵(わさび)にお茶を掛けたもので、それが終点でこれから家に帰ろうという時位になっていると、またとない食べものに思われる。喉が渇いているのに辛いものが欲しくて、お腹も空いているという、一晩飲み廻った後の体の状態から起きる要求を全部満たしてくれる代物で、料理に専売特許があるかどうかは知らないが、これは出願する資格は充分に備えている。 もっとも、主人の春さんに言わせれば、問題はその作り方にあるから真似が出来るものではないということになって、特許局までわざわざ出掛けて行く必要はないのかも知れない。
 ある晩、吉野屋に定刻の夜遅く行って、この新橋茶漬けを頼んだら、その前から店の隅に陣取って、空の丼の数から察するに、この茶漬けを三杯ばかり平らげていたお客さんが、またお代わりを注文した。そして我々の方が先だったので、そっちのお代わりが出来るまでに少し手間取ったのが待ち切れなくなったと見え、「新橋茶漬けはこっちが先なのに、……新橋茶漬けは、……新橋茶漬けを、……」と選挙の時のように連呼して催促し始めた。
 「ケナファ・ヤ・ケナファ、」と一緒だった河上さんが呟かれた。「千夜一夜」にそういう言葉でケナファという菓子の旨さを讃えた詩が出て来て、全くそのお客さんの管(くだ)を巻きながらの催促は、吉野屋の新橋茶漬けへの賛歌だった。 

吉田健一 (「饗宴」より抜粋)   文中の河上さんは河上徹太郎



レシピ(材料は4人前)

マグロ刺身用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200g
白すり胡麻・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大匙 3
濃ゆ口醤油・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大匙 2
三つ葉のきざみ(ネギでも良い)・・・・・適量
きざみ焼き海苔・・・・・・・・・・・・・・・・・・適量
おろしわさび・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・適量
ごはん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4杯
煎茶90℃・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4カップ分

@まぐろは薄めに削ぎ切りにする。(厚すぎると生臭みが残る)
  刺身用に厚く切ったものなら、半分くらいに切った方が旨い。
Aすり胡麻と醤油を混ぜ合わせ、切ったまぐろを漬ける。
  好みで臭い消しに酒(または赤味噌)を少々入れても良い。
  冷蔵庫に入れ30分ほど味を滲みこましてもよい。
B丼に御飯をよそい、漬けたまぐろをのせる。三つ葉と刻み海苔
  を散らす。わさびを載せ、熱い煎茶をそそぎ、蓋をして3分ほど
  待って蓋をとり、食べる。

夏の花1

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*マグロに多く含まれるナイアシンは、血行を良くし、二日酔いを防ぎ、健康な肌を作る  働きがあります。

吉田健一 英文学研究・翻訳者 評論家 小説家
       1912年4月1日〜1977年8月3日 東京都出身
       父は吉田茂、母の雪子は明治維新の大久保利通の孫

吉野屋の春さん→井伏鱒二の詩「逸題」へ

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ジンジャーの花(花縮紗:ハナシュクシャ)

ショウガ科シュクシャ属(ヘデイキューム属)
              多年草
原産地 熱帯アジア(インド〜マレーシア)
花期間 8月〜10月
別名  ジンジャーリリー
野菜や薬味のショウガではなく、花を観賞する植物で通称ジンジャーの花と呼ばれるので混同しがちです。これは薬用や食用にはなりません。 しかし、花はジンジャー系の爽やかな香りがします。日本には江戸時代に渡来しました。最初は白い花だけだったのが、現在はキバナシュクシャや橙色など園芸種が各種つくられています。

(応用)
  ○だし汁で食べたい時は、カツオぶしと昆布でだし汁をつくり、
    (面倒なときはインスタントの出しの素を使う)塩か醤油で好みの
    味にして、かけて食べるのもよい。
     まただし汁の中に緑茶のテイーバッグを浸して好みの濃さの
    混合だし汁にしてかけても良い。
  ○まぐろはサイコロ状に切っても、棒状に切ってもよい。また包丁
    で粗くたたいて適量の醤油とラー油、すり胡麻、大葉のきざみ
    と混ぜ合わせマグロのたたきを作り、ご飯の上に載せ、だし汁を
    かけて食べるのもまたおいしいものです。
  ○まぐろの代わりに、カツオやタイ、焼いた鶏肉など自分流の
    お茶漬けを作るのも楽しみの一つです。

京都府立植物園にて(9月19日)

味の華

鮪(マグロ)の茶漬け