ここは大阪、法善寺横町。道頓堀からコの字型の路地に入ると夜が深くなる。   お不動さんの提灯が線香に煙る角を曲がり、小料理屋の灯が白く黄色く咲き乱れる中に、「ふく」の地味な看板が潜んでいる。初フグを体験した店に、何年ぶりかで訪れた。
 法善寺は初めてという人を相手に、最初は路地を抜けてしまった。 店の消滅はすなわち、思い出の封印につながる。 はやる胸を抑えて来た道を戻り、ようやく看板を見つけることができた。 引き戸を開けるなり、カウンターの向うで主人が目を丸くした。
「いやあ、えらいお久しぶり」
 二回訪れただけの店で、思い出してもらえるのは嬉しい。 ただし連れにもお久しぶりの笑顔を向けていたのが気にかかる。
「この人は、初めてですけど」
  主人が取り繕いようもなく焦っているのを見ないふりして、ビールで喉を潤した。 湯引の最初のひとくちで、口蓋にポン酢の花火が上がった。 噛むたび「しょりしょり」と「コリコリ」の濃淡が絡み合う。 この味、と不覚にも涙ぐみそうになった。
  嚥下するのが惜しいものに限って、喉が呼び込む。  あっという間に小鉢は空。 底にポン酢が残るの鉢を、戻そうとする手を主人が制した。
「そのポン酢、よろしかったら次のてっさにも使うてください」
  言われるまま、てっさのタレに足した。 厚めの一切れをからめて、口に含む。またしてもポン酢の花火である。 次の瞬間、噛みしめる舌に滲み渡る肉の滋味。  酸もソプラノに対するバリトンが、和声の中でクレッシェンドを効かせて、バリトン一色に染まる寸前で、喉の闇に落ちていった。
  魚の、それも刺し身でありながら、思わず肉と呼んでしまう。河の豚と書いてフグと読ませるのは必然かもしれない。
  タレなしで、肉そのものを味わう誘惑に、駆られなくもない。 華麗なポン酢の衣を脱いだ味が、歯ごたえのいい豚並なら、受けるダメージは大きい。皿のてっさの枚数を、確認する目つきになった。
「それ、しゃぶしゃぶして召し上がっても、うまいですよ」
 すでに鍋のための湯が沸き立っている。こちらの「実験」のほうが確実と、さっそく箸を泳がせた。 肉の表面に霜が走ったところで取り上げ、タレ経由で口に運んだ。てっちりの軟の下から、てっさの硬が現れる。 一切れで二度おいしい、ウルトラの技である。
 ヒレ酒もまた、ひとくちで二度おいしい。焦げたヒレの出汁が、熱燗に煽られて饒舌になり、飲み手の口まで饒舌になる。てっさの厚み、ポン酢の加減、しゃぶしゃぶの絶妙について、主人に賛辞を連ねた。
 フグ本来の味を出すには、刺し身にある程度の厚みが必要である。 それが、いつの間にか、薄く切れない腕は悪いという間違った信仰が広まり、「楽しみの世界を遅らせた」。自慢のポン酢は、フグの強烈かつ繊細な持ち味を生かすよう工夫が凝らしてある。 頑固に同じ味を保つのは、「私が曖昧なことをすると、お客様が迷う」から。
 盛られた鍋の素材の、豆腐は固めを心掛け、三つ葉は山盛りだが、癖の強い春菊は「どうしても排除せざるを得ない」。
 こんなにしゃべる人だったかと、改めて主人の顔を確かめた。もうしゃべっていい歳ですからと、韜晦の笑顔を伏せ、三つ葉の頭上に、薄いピンクと厚い白、ゼラチン質を二枚のせた。
「ミカワとサメカワです。フグは皮が三枚ありましてね」
 身に近いのが身皮、遠いのが鮫皮、真ん中は「とうとうみ」。この三枚を刻んで和えたのが湯引きと、初めて知った。
 乙女の身皮はあっけなく口中に崩れ、鮫皮の年増の脂を、ポン酢がキュッと抱きしめる。後は堰を切ったように、骨付き肉へ白菜へエノキへと箸は流れ、葛きりの澄んだ歯ごたえの後は、いよいよ雑炊。卵と米粒が、液体とも固体ともつかない泡の軽やかさで、収めた胃に翼が生えた。
 気がつくと、人気の引いた法善寺に足音を響かせていた。先ほどの主人を、すでに懐かしい人のように思い出している。 目を一杯に見開いたところが、何かに似ている。頭のおもちゃ箱を引っ繰り返して、出てきたものがある。 正面からみたフグの顔。 とたんに一場は夢と化して、後が闇になった。
 


夏の花1

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ふぐ料理の知識

ふぐを調理するのには「ふぐ毒」で中毒死するのを防ぐため資格を持った人が調理します。
そのため、ふぐ料理専門の店に行って味わうのが一般的です。家庭で作るには小売店などで調理済みの素材を買って、ふぐ料理を楽しみます。一番美味しいトラフグは高級品です。
 ふぐ料理が高級料理としてもてはやされだしたのは、この30年ほどのことです。それまでは、中毒を恐れてあまり食べられず、テッポウに当たると死ぬのたとえで、ふぐ料理はテッポウ料理と呼ばれていました。このことから、ふぐの刺し身を「てっさ」、鍋料理を「てっちり」と云うようになりました。 また「ふぐ」の語呂を嫌い「ふく」とも呼ばれています。
 また、フグは種類が多く猛毒を持つものも多いので、決して釣上げたフグを素人が調理してはなりません。特に、内臓や珍味とされる、皮、白子、卵巣は最も中毒しやすい部分です。

ふぐ料理の主なもの
    てっさ(ふぐ刺し)・・・・・・・・・刺し身
    ふぐ皮の湯引・・・・・・・・・・・湯通しした皮を細く千切りにし、ポン酢で合えたもの
    てっちり(ふぐ鍋)・・・・・・・・ ぶつ切りにした身や骨付き身を野菜や豆腐などと
                     寄せ鍋にしたもの
    ふぐ雑炊・・・・・・・・・・・・・・・てっちりの残りの出し汁にご飯を入れ生卵を割りいれ
                     かき混ぜ軽く煮て雑炊にしたもの
    フグのヒレ酒・・・・・・・・・・・・ふぐのヒレの乾したものを焙り焼きしコップ等に入れ、
                     上から熱燗の日本酒を注いだもの

グレビレア

ヤマモガシ科グレビレア属 常緑低木
原産地 オーストラリア、ニュージーランド
花期間 温室では個体によって異なるが通年
     露地栽培では種類によって違う
原産地ではグレビレアの種類は250種以上あるそうです。花の色も白、赤、黄、クリーム色などがあり、種類によって花穂の形や大きさがさまざまです。比較的耐寒性があるので関東以南では公園や庭園・植物園で露地植えされています。よく見かけるのは花期間の長い、ロビン・ゴードンです。

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写真は明石海峡公園、西宮緑化植物園にて写す

荻野アンナ(TBSブリタニカ社「一日三食ひるね事典」・『大人食品』から抜粋)

荻野アンナ・・・フランス文学者、作家、大学教授
         1956年11月7日生れ 横浜市出身
         「背負い水」で芥川賞 著書多数  駄洒落好きで知られる


ボニー・プリンス
チャーリー

露地栽培では
開花期 7月〜9月

露地栽培では
開花期6月〜11月

露地栽培では
開花期 4月〜6月


通称・歯ブラシ

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ロビン・ゴードン
味の華

河豚(フグ)料理