・・・・・・ ははあ、これほど著効の、しかも即効の薬餌はまたとない、とそのときなにか超自然的な奇跡でも見るような思いで「イラブー」の名を記銘したのである。
 だから、今回は、どうしても旅の最初にイラブー、と念じつつ出掛けていって、那覇の中心部に近い沖縄料理店「カナ」で食べた。
 この度もまた、私は、藁の如くに疲労していたので、いわゆる「紙のような顔色」をして、くだんの「カナ」へ辿り着いた。
 「カナ」のおばさんは、優しいなかにも凛とした気品を具えた表情で、私の顔を見て言った。
 「とても顔色が悪いようですね」
 なにしろ、疲れ切っていまして、と私が言うと、
「どうもその顔色では、一度のイラブーでは、ちょっと足りないかもしれませんね」
 と言いながら、さっそく大きな丼になみなみと入ったイラブーの汁を出してくれた。
 汁の中身は豚足に結び昆布、そして大きな切り身のイラブー。イラブーは燻製してカチカチに干し上げたものを散々に煮込んである。 まるで墨でも塗ったように真っ黒な皮に繊細な鱗が鈍く光り、しかし、、その鱗はほろほろっと歯触りよく、肉には噛んでじっくりとした噛みごたえと旨味が湛えられている。
 この一見して蛇のぶつ切りと分かるグロテスクな風姿にたじろぐ人もいるだろうとは思うけれど、私はそういうことにはまったく無頓着なたちで、ともかく美味しくて体の為になるのだったら、それでよろしいのである。
 イラブーの燻製からは良いダシが出るので、そのダシの旨さと、豚足のゼラチンと、昆布の風味と、この三位一体が、この汁の旨味の正体である。
 フーフーいって食べた。
 すると、むやみと汗が出て、体中とりわけ上半身がほこほこし、驚くべし、今度もまた、肩凝りが軽減し、頭痛も著しく薄らいでいった。それから、田芋(ターンム)の田楽(ディンガク、これは小さな里芋のきんとんとでもいうような、ほのかに甘い、ねっとりしたした食べもの)やら、豆腐ヨウやらに舌鼓をうっていたら、ちょうどそこへ、「クリジューシー」というものを食べに来た人があった。これは、かりに漢字を宛てれば「黒雑炊」で、イカの墨でこってりと仕上げた濃厚な味の雑炊である。
「これはね、作るのはべつに難しいことはないんですけど、ただ、かかりっきりになるので、けっこう手間がかかりますからね」
 と言いながら、おばさんは(少し余分に作ってくれたらしく)私にもおすそ分けしてくれた。真っ黒で、ほんのかすかに甘味もあって、舌触りが柔らかで、それはするりするりと喉を通っていった。
 旅程を終えて、最後の日、飛行機の時間を気にしながら、私は、大きな儀保饅頭を手土産に、ふたたびカナを訪れた。まだ開店時間の前だったが、訳を話して店を開けてもらい、ふたたび、イラブー汁を食べた。
 厨房で大活躍の御主人が、なにしろ甘いものが好きで、たちまちに、この大きな儀保饅頭を三つも平らげてしまい、そのお礼にといって、天下の大珍味、イラブーの卵の燻製を御馳走してくれた。
 嗚呼、嗚呼、それは、なんとも形容のしようのない、宝石のように美しい食べ物であった。 味を言えば、さよう、ごく上等のカマンベールの熟したやつをしっかりねっとりと堅くして、チーズ特有の乳くささ黴くささを除去し、そこに、浅く燻製の風味を添えた、とでもいおうか、あのように旨い卵を私はいまだ食べたことがない。
 こうして、私は、沖縄料理のもっとも上質な風味を舌頭のしつつ、同時に、驚くほど元気になって、意気揚々と帰途についた。
 かくのごとく書くと、おそらく、半分の人は、嘘を吐け、と思うであろう。また半分の人は、ほんとかなあ、と懐疑の念をもつかもしれぬ。
 しかし、正真正銘、イラブーは著効即効の薬膳で、一食するごとに、一段また一段と階段を上るがごとくに、疲労やストレスが軽減していくのが実感される。しかも、美味しいのであるから、いわば「良薬口に旨し」とでも言おうか。 食膳の食膳たるの真骨頂がここにある。 もっとも、こういうものを、沖縄の人が常食しているというわけでもないらしい。 しかし、体が弱ると食べるのだそうである。なるほど、沖縄には長寿の人が多いというのも、むべなるかなとうなずかれる。
 されば曰く、人もし沖縄に至らば、よろずを放擲して、まずイラブーを求め食うべし、と。



夏の花1

写真はクリックすると1024×768ピクセルの壁紙サイズの画像がでます

ラフテー(豚の三枚肉の角煮)

イラブー汁は材料の吟味も大事ですが沖縄の各家庭やお店によって、調理の手順や味つけなど微妙に違います。この料理は沖縄に行った時とか、各地にある沖縄料理専門店で味わうのが無難なようです。それに、イラブーの外見にとらわれて、食べるのを尻込みする人が多いのも事実のようです。
 ここでは、だれにでも好まれる沖縄料理の代表の一つ、「ラフテー」のレシピを掲載します。

季節の花・味の華ー冬の目次へ

花空間けいはんな(06年11月15日)

イラブー汁(沖縄の猛毒ウミヘビの燻製干物の薬膳料理)

HOMEへ

味の華目次へ

レシピ

豚三枚肉(なければ豚バラ肉)塊      約600g
かつおぶし                     20g
泡盛(なければ日本酒か焼酎)1カップ   200mℓ
昆布(水に浸して2cmくらいに切る)     15cm
砂糖          大さじ  3~4杯  45~60cc
醤油          大さじ  3~4杯  45~60cc

作り方

①豚肉は半分に切り、大きめの鍋にたっぷりの水をいれ、豚肉を入れて
 約40分ほど煮て、竹串がスッと刺さるようになったら火を止めて冷ます。
②上に浮いた脂を捨て、汁は約600ccを別鍋にとり沸かします。
 かつおぶしを加えて火を止め、濾して出し汁をつくります。
③豚肉は食べやすい大きさ(5~6cm角)に切り、出し汁とともに鍋に入れ
 切った昆布を入れて弱火で15分ほど煮る
④砂糖を加えて、更に15分ほど煮る
⑤醤油を半分入れ15分ほど煮、更に残りの醤油を入れて15分ほど煮る。
  汁が煮詰まり過ぎないよう、出し汁を足してもよい
⑥火を止めて30分以上置き、味を含ませる
⑦器に盛り、パセリ等青みを飾り完成

材料(4人分)


この花咲くや館
06年11月29日

花空間けいはんな
06年11月15日

季節の花・味の華ー冬の目次へ

味の華

花空間けいはんな
06年11月15日

チャイニーズハット(流通名)

クマツヅラ科ホルムショルディア属 常緑低木
原産地 インド~ヒマラヤ アフリカ・マダガスカル
花期間 11月~1月 夏咲き種 7~8月
正式名 ホルムショルディア・サングイネア
別名   カップアンドソーサー
中国名 洋傘花
 インド・ヒマラヤ産はおおむね冬咲き種で、アフリカ・マダガスカル産は夏咲きのようです。
 ここに掲載したものは、インド・ヒマラヤ産のものです。
 名前は、その独特の花の形から名付けられました。熱帯性で花が咲くには15℃以上に室温を保つ必要があります。

林望(はやし のぞむ)著(「リンボウ先生の「是はうまい!」・『薬膳の薬膳たる』より抜粋)

林望(はやし のぞむ)1949年2月20日生れ 東京都出身
              作家 エッセイスト 日本文学者 著書多数 


京都府立植物園
07年11月21日


京都府立植物園
07年11月21日

この花咲くや館
06年11月29日