『食味風々録』は、丸ごと一冊、オール食味エッセイ。著者にとって、この種の本は初めてだろう、と思う。 愉しいばかりでなく、食に関する知恵も会得できた。
 ところで、なんと言っても、鮮明に記憶に刻まれたのは、阿川家の料理の数々であった。
 まずは、かつぶし飯。 簡単に要約する。 小鉢に炊き立てのご飯を軽く入れ、それに醤油をほどよくひたした薄く切った鰹節をまぶし、その上に山葵(わさび)を添え、海苔(のり)を敷く。 容器の半分が埋まると、上半分は同じことの繰り返し。 蓋をして蒸らして、時を待つ。
 続きは、阿川さんの文章を写す。

「吉行淳之介が、亡くなる三、四年前、うちへ来てよくこれを所望した。 夕食をはさんで慰みにほんの数回、老年麻雀の集ひだが、
『何か食いたい物あるか』
 病状を案じて訊ねると、
『又あのかつぶし飯食はせてくれえ。あと何ンにも要らん。出されても食へん。 酒はやめたし食欲は衰へてるし、かうしてどんどん墓場が近づいてくる』
 と言った。
 食の細った病友がそれだけ望むなら、鰹節削で丹念に削った花鰹を使ふのが心づくしというもので、女房は出来るだけ努めてゐたやうだが、何しろ手間と時間がかゝるから、にんべんの『削りぶしフレッシュパック』で間に合はせることもあったらしい」

 かつぶし飯には、昭和一ケタ生れの人間なら大抵、郷愁に似た感情を持っている。
 私の場合は、かつぶし飯は、学校へ持って行く弁当だった。 昭和十五年小学四年生。 山葵を除けば、阿川家と同じだが、当然、温かいめしではなく、冷たくなっている。それに、二段かさねの上の海苔が弁当箱の蓋の裏に貼りついてしまうのである。いまでも、私は温かいにぎりめしに味噌をまぶして食べるのが好きだ。 中には少々醤油にひたした花かつおを入れる。
 晩年の吉行さんが、阿川家のかつぶし飯を食べていたことを知って、複雑な感情に襲われた。 それには、何故か安堵の気持が含まれている。
 阿川さんは、長島茂雄監督だって、現役時代があったからね、と言っているから、厨房に入った一時期もあったと推察できる。
 その遺産が「木犀肉」。つまり「ムースーロウ」である。
 その阿川家流の作り方を抜き出してみる。 卵三個、豚肉百二十グラム、ここまでは当り前だが、葱、木耳(きくらげ)と具は少ない。
 まず、鍋の中の油がほどよく熱くなったところへ、といた卵を流し入れ、さっとまぜ、別の容器に取り出しておく。 味つけは少々の塩だけ。 そのあと別の鍋の熱した油の中へ、大蒜(にんにく)、生姜(しょうが)、葱、豚肉、木耳の順で入れ、酒、醤油、塩、胡椒で味をととのえる。 これに先の卵を入れて再度炒める。
「もくせいの花を散らばしたような、美しくも好ましい仕上がりになる」と、阿川さんは書いている。
 あれは、昭和三十年後半、よく檀(一雄)さんと、神保町の「おけい」というギョーザ屋で、夕方に待ち合わせたことがあった。
 檀さんは、ここで必ず「ムースーロウ」を肴にビールやら老酒を飲んだ。 その後私も、一人で行く時も、「ムースーロウ」を頼むようになる。 店が飯田橋へ移った。昭和五十年代だろうか。 そこでも、友人とその店へ行くと、「ムースーロウ」を肴に飲む。卵と木耳の口のなかでの調和の按配が、実にウマいのである。


春の花

山本容朗(やまもと ようろう) 文芸評論家 作家 エッセイスト
           1930年生まれ 埼玉県出身
       主要著作
         「文壇百話ここだけの話」
         「作家の食卓」
         「いい店見つけた」
         「名作・温泉カタログ」
         「日本文学の散歩道」
         「人間・吉行淳之介」
       など多数

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カラー(ザンテデスキア)

サトイモ科ザンテデスキア属 球根多年草
原産地 南アフリカ
花期間 4月〜6月
別名  オランダカイウ カラーリリー

 種類は花色が白のエチオピア種、黄色の
エリオチアナ種、ピンクのレーマニア種があります。サトイモ科ミズバショウ属のミズバショウに近い植物です。花は仏炎苞の形です。
 園芸種がいくつかあり、花色も豊富になってきています。
 日本には江戸末期に伝わりました。

ムースーロー(木犀肉)

材料(4人分)

(食材)
豚もも肉スライス        300g
キクラゲ             100g
卵               4〜6個
チンゲン菜            2株
人参           小  1/2本
ニンニク みじん切り    1かけ
生姜    みじん切り    1かけ
(調味料など)
オイスターソース       大さじ 2
醤油            大さじ 1
酒               大さじ 2
中華あじ粉末        小さじ 2
ごま油             小さじ 1
塩、コショウ、片栗粉   各少々
サラダ油          適量

作り方

@キクラゲは水でもどし、小口にちぎっておく。
Aチンゲン菜は根際から切り離し水洗いして4cmくらいに切り
 茎のふとい部分はさらに半分に切り、葉の部分とは別に分ける。
 人参は長さ4cmの薄い短冊切りにする。
B豚肉は5cmくらいに切り、ボールに入れ、塩、コショウ、片栗粉を
 ふりかけ、ゴマ油小さじ1を入れ揉む様にしてまんべんなくまぶす。
C卵をボールに割りいれかき混ぜて、溶き卵を作る。
D中華鍋を熱し、サラダ油を少し多めに入れ煙がたってきたら溶き卵を
 入れ、菜バシでかき混ぜ粗めのスクランブルエッグを作り、火を止め、
 ボールに戻しておく。
E中華鍋にサラダ油を引き、人参とチンゲン菜の茎の部分を入れて
 炒めて、別皿にとっておく。
F中華鍋にサラダ油を引き熱して、ニンニクと生姜のみじん切りを入れ、
 香りが立ったらBの豚肉を入れ炒める。次にチンゲン菜の葉の部分を
 いれて炒め、Eの人参とチンゲン菜の茎を加え、オイスターソースと
 中華味をふりかけ、酒を加えて醤油少々で味を加減する。
 次に炒り卵を入れて混ぜ込み、ごま油少々を加えると出来上がり。

*野菜はチンゲン菜の代わりに小松菜や白菜などを使ってもよい。


レーマニア種
ネオンアムール

レーマニア種
ルビーライトローズ

味の華

かつぶし飯とムースーロー(木犀肉)



エチオピア種

カラー・エリオチアナ種 サンシャイン
奇跡の星植物館 2008年3月22日

山本容朗(廣済堂出版「文人には食ありー文壇食物誌」・『食前ハムサンド 阿川弘之』
                                                 より抜粋)

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